僕らの言葉で未来につなげる ~ 子ども新聞プロジェクト2017~

 今年で6年目を迎えた日本赤十字社愛知県支部と朝日新聞名古屋本社の防災学習企画「子ども新聞プロジェクト」.。
この企画のコンセプトは、被災者の方の経験や想いを赤十字のネットワークを通じ、義務教育の中で伝えていくことです。

 愛知・岐阜・三重の青少年赤十字加盟小学校から子ども記者(小学6年生)を募り、新聞記者から取材方法や記事の書き方などの指導を受けた後、被災地で取材を行い、彼ら自身の手で新聞記事を執筆し、三県の小学校にタブロイド紙が届けられます。


 今年は、7月15日から2泊3日の行程で、11名の小学生たちが熊本県を訪問。昨年4月の熊本震災から1年半が経過した被災地の現状を取材しました。


~シンボルの復興 市民とともに~ 熊本城


 熊本地震で大きな被害を受けた熊本城を訪問。地震による被害状況や、復旧に向けた工事の状況などを取材しました。
 現地では、熊本城調査研究センターの網田さんから熊本城の歴史や被害状況などを説明頂き、市民の人と一緒に熊本城を守り、そして大地震が起きたことを後世に伝えていくことの大切さを、子ども記者たちに伝えてくれました。


~熊本地震を伝える仕事~朝日新聞熊本総局


 次に子ども記者たちが訪れたのは、熊本城近くにある朝日新聞熊本総局。
 震災当時の熊本総局長だった朝日新聞の堂地さんから発災当時の話を聞くことが出来ました。
 地震の怖さや、被災者の辛い体験を全国の人に伝えたいという思いから、当時の総局員たちはヘルメット姿で仕事を続け、飲まず食わずで働いた職員もいたという。
 子ども記者たちは真剣な表情で堂地さんの説明を聞き、最後は朝日新聞熊本総局に展示された「被災時計」(4月16日の本震直後の1時26分を指したまま止まっている)を見せていただきました。


~震度7を二度記録した益城町~


 取材2日目は、熊本地震で二度にわたり震度7を観測した益城町を取材。まっすぐだったあぜ道が地震によって2メートルもずれた現場を訪れて、子ども記者たちは驚きの表情を見せました。
 ここでは、益城町教育委員会の坂本さんと堤さんから、当時経験した震度7の恐ろしさや、町として地表に表れた断層を町文化財に指定することで、熊本地震を後世に伝えていく取り組みを教えていただきました。


~震災で停電 それでも全職員が必死で診療にあたった~熊本赤十字病院


 取材2日目の午後は熊本赤十字病院を訪れた子ども記者たち。熊本赤十字病院は、地震の被害が大きかった益城町に一番近い大病院で、負傷者が約1,400人も詰めかけましたが、病院も停電し、暗闇のなかで処置を続け、全職員が必死で診療を続けたという。
 実は、必死で診療にあたった職員の4割以上も被災しており、職員は仕事だけでなく被災した家族のことも考えなければならかった当時の話を、同病院の奥本医師から話を聞くことができました。
 また、子ども記者たちは、患者を搬送しながら治療ができ、実際に熊本地震の際にも使用されたドクターヘリを見学することができました。



~交流で笑顔を取り戻す~飯野小学校


 最後の取材先は、益城町立飯野小学校。子ども記者たちは、飯野小学校の同じ6年生と交流して、当時の話など、いろいろ話を聞きました。震災後、飯野小学校には全国からたくさんの励ましの手紙などが届いたとのこと。
 こうした支援が、飯野小学校の生徒たちにとってとても大切なものの一つだった話を聞くことができました。
 最後はアーチを作って見送ってくれた飯野小学校の子どもたち。短い時間でしたが、思い出に残る時間となりました。


ワークショップ(編集会議)



 取材後は、毎日ワークショップ(編集会議)を行いました。
 取材で聞いたこと感じたことを、一度書き出したり、みんなで話し合ったりすることで、何をどのような流れで書くとよいかを整理することができます。他の子ども記者の意見も取り入れながら、事実・エピソード・感想の三段落で記事を書き上げました。
 子どもたちが作り上げた子ども新聞は、9月中旬頃に発行し、愛知、岐阜、三重の小学校に配布されます。



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